日本型食事

家の光協会・日々これ、日本のおかず(2000.9.25) より転載

伝えたいのは 作り続ける力とうちの味


私は今でこそ、一年じゅう各地を飛びまわっている料理研究家ですが、もともとはサラ リーマン家庭の主婦。
子どもが生まれたときは、人並みに「健康に、明るい子どもに育ってほしい」と願いました。
その後、バタバタと3児のママになりましたが、頭の中にあったのは、かつて学生時代に聞いた「一に栄養、二に運動、三、四がなくて五に家系」という言葉。
健康な子どもを育てるキーワードです。
まず、お腹がすいた状態を作らなくては……と、赤ちゃんがお昼寝をしたすきに、上の2人や社宅のチビさんたちをつれて、毎日ぞろぞろジョギング。
こうしながらも、子どもの食事を観察してみると、自主性にまかせていては、どうもいけません。
どの子も肉だんごやソーセージ、甘いものに偏りがちなのです。
運動さえすればまんべんなく食べるようになる、とはいきませんでした。


それもそのはず、赤ちゃんはおっぱい育ち。
動物性食品であるミルクしか飲んでいなかったのですから、お肉好きは当然。
そこで私の作戦開始です。
子どもの幸せを心から願うなら、自立できる人間に育てること。
体に必要な食品を、自分で取捨選択できる人間に育て上げるのは、親のつとめ。
そのためには、手もとにいる間は、しっかり食べならすこと、豊かな食体験を積み重ねよう、というわけです。
手を変え、品を変え、多彩な味を繰り広げました。
とは言っても、限られたサラリーの中で作る食事ですから、質素なものです。
贅沢な食材を使うだけが豊かな食事ではありません。
いつもいつも手をかけられるわけでもありません。


例えば、夏休みになると毎日プールで7kmの練習をこなす小学生の息子たちの、体の基礎作りのため、食べてほしい青背の魚。
これが用意できていたらきっと大喜びするなと思うハンバーグやコロッケ。
家じゅうの障子を張りかえるので時間がない日は、圧力鍋ですね肉を煮込んで。
季節の訪れを感じたときは旬の野菜料理。
とにかく、うちの味を作り続けてきたのです。
それは健康への願いとともに、家族そろってのご飯が、何よりの喜びでもあったからです。
社会人となった息子たちが、法事で集まったとき、「帰ればわが家はいつもごはんが用意できていた。
あれは大きな安心感だったなァ」と言っておりました。
「団欒」などと声に出して言わなくても、私の思いは彼らに伝わっていたのです。


そして最近、気がついたのですが、彼らは「食べられない食品はない」人間に育っていたのです。
どこで食事をしても、実は……、と言いわけをしたり、残して恥をかいたりしなくてすみます。
もちろん、生活習慣病とはほど遠い人生が保証されたようなもの。
私のささやかな子育て体験を踏まえ、21世紀に入っても、ずっと作り続けてほしい、日本人としてのアイデンティティーを大切にしてほしい、こんな願いをこめて、「日々これ、日本のおかず」をお届けします。
作る喜び、食べる喜びを分かち合えれば幸いです。


日本のおかずは 野菜の煮もの


歴史的にみても、日本は農業国ですもの……。
野に山に山菜を摘み、山いもを掘り、川辺でせりをとり、沼田でれんこんを抜き、畑に菜っぱを育てて暮らしてきました。
それらをだしで煮含めたり、ときには、少量の肉と合わせて食べてきたのが日本人の食生活。
こうした食べ物で育ってきたおとなは、自然がもたらしてくれる天然の滋味、野菜のおいしさを、味覚が欲します。
私や夫、おじいちゃんたちには、こんなおかずは定番でした。


ところが、子どもって、なかなか野菜を喜んで食べてはくれません。
でも、食事は子ども中心でなくてもよいのです。
私も勉強して、あとでだんだんわかってきたことですが、せっせと作って食卓にのせていれば、「大好きなお母さんやおばあちゃんたちが食べているおかずだから、あれは安全な食べ物だ」と、眼を通して頭脳の記憶装置にインプットされるのですって。
幼児にとって見たことがあるというのは、食べたことと同じくらい大きな意味を持つものだとか。
わが家の子どもたちが、いちばん最初に好きになった野菜の煮ものは「肉じゃが」。
牛肉のにおいがするからでしょうか。
これは、しめたもの。せっせと肉じゃが風の味つけや、ひき肉を組み合わせて作っているうちに、だんだん野菜の煮ものも食べるようになっていきました。


大根とツナ、れんこんとえびしんじょ、五目野菜と魚の子、さつまいもとコンビーフなど、懐かしい感じがするけれど、モダンな食材の取りあわせでお目にかけます。
たんぱく質系の肉や魚をちょっとあしらうと、だしをとる必要もなし。
材料を合わせ、調味料を加え、火にかければ、おいしい日本のおかず、野菜の煮ものができてしまいます。
毎日食べるものって、簡単じゃなければ、続きませんよね。


あじ・さば・いわしを 使いこなせたら

私自身、生まれも育ちも福岡ということもあって、子どものころから大のお魚好き。
ねこさんのように、お魚をきれいに食べる……、と幼いころ祖母に言われていました。
かれいの煮つけを食べたあと、お皿の上の骨を集めて湯を注いですする“骨ソップ”が何よりの好物という子どもだったのです。
主人が東京から九州の大分に転勤になったとき、しめた!子どもを魚好きにできる、と思ったものです。
私がまだ20代、子どもたちも幼稚園に入るか入らないかのころでした。
大分は新鮮で安い魚に恵まれたところ。
期待どおり、台所で様々な魚をおろす私を見て、子どもたちは魚に興味を示しました。


なかでも私がこだわったベスト3は「あじ・さば・いわし」の青魚。
青(背)魚には血液のつまりを防ぐ、不飽和脂肪酸がたっぷりなのです。
理想的な日本型食事とは「ご飯の主食、青魚と野菜のおかず、汁」の組み合わせ。
青魚のメニューは、多ければそれに越したことはありません。
私が外国人ミセスたちに料理を教えたとき、彼女たちの習いたい日本のおかずナンバー1も、さばのみそ煮でした。
なぜなら、ご主人たちはみな日本の方だったのです。
今でも、さばのみそ煮は男性に人気の魚のおかずです。


ライバルはお肉屋さん

おっぱいばかりだった赤ちゃんがスプーン1杯の果汁を少しずつ飲めるようになり、その次は「はい、うまうまよ」と口をもぐもぐ、飲み込むしぐさをしてみせて、ステップ・バイ・ステップで離乳食。
そしてポチポチとおとなと同じ食事が食べられるようになるころに、初めての誕生日を迎えます。
小さな子どもたちの一番人気はなんといってもひき肉料理。
ポテトコロッケにメンチカツ……。
今でこそ、スーパーにはコロッケやとんかつ、鶏のから揚げが並んでいますが、わが家の子育て時代は、売っていたのは個人商店のお肉屋さんだけ。
お店の前を通るたびに、「お肉屋さんの子どもは、毎日、あんなにたくさんコロッケが食べられていいなぁ」と、そろってうらやましげ。


それなら!と、私もがんばりました。
3人の年子の子どもですから、量も半端じゃありません。
たくさん作り続けたおかげで、私はお肉屋さんに負けないくらい、揚げもの上手になりました。
1個100gのジャンボコロッケは、子育て中に生まれたおかずです。
友人のお引っ越しにはお昼の差し入れとして、夫の会社の草野球には、揚げたてを持って応援……。
大活躍のメニューでした。
コロッケは老若を問わず、だれもにも好まれます。
余裕があるときは、たくさん作り、衣づけまで済ませて冷凍しておきます。
食べるときは、凍ったままをフライパンに入れ、常温の油をトクトクとかぶるまで注いでから、強火で揚げて……。
油はねはありません。
これをNHKのテレビ番組『ためしてガッテン』で披露したら、ゲストもびっくり。
子育て奮戦中に生まれたテクなのです。

 

昔ハイカラ、今おふくろの味、これからは?


わが家のベランダ側の白い壁に、セピア色の写真を入れた額が数点かかっています。
今は亡き両親のスナップですが、その中の1枚は、銀座の交詢社ビルの前をおしゃべりしながら闊歩する若き日の母と、母の姉。
洋装で帽子もかぶって、とびっきりのモダンガール。
昭和10年ころの『毎日グラフ』の表紙の切り抜きです。
こんな母の作るおかずは、ハンバーグにビーフシチューにロールキャベツにハヤシライス……。
東京で花嫁修業中に習ったそうです。
見よう見まねで、私も18歳のころにはひとわたり上手にできるようになっていました。


そして22歳で主婦になったとき、世の中は洋食人気がブレイク。
これらのメニューがおおいに役立ちました。

子どもたちが大好きなこともあって、ハンバーグはひき肉2kg分でまとめ作り。
玉ねぎを刻んで炒めて冷まして生地をこね……。
混ぜるとき、ひき肉の冷たさに手が凍えそう、なんて思い出も。
その晩食べる分を残して、あとは冷凍。
帰りが遅くなる日には、天パンに凍ったまま並べて外出し、帰宅と同時にオーブンに点火していました。


でも今は、電子レンジを使いこなしたおかげで、調理法も違っていますが……。
私に限らず、当時のお母さんたちは、料理書を見ながら、こうしたハイカラな料理を一生懸命作ったものです。
今の20代、30代の人にとって、ハンバーグやロールキャベツは、すでに「おふくろの味」になっているほどです。
ところが、最近のスーパーには、これらの料理のレトルト食品が山積み。
21世紀の子どもたちにとって、ハンバーグやロールキャベツは、いったいどんな思い出を残すのでしょうか。
興味深いところです。


心がぬくもる ごちそうご飯


料理講習会などで、全国各地に出かけて行きますが、懇親会の席でたずねてみることはいつも同じ。
家族の誕生日や結婚記念日など、特別の日に、おたくで作るメニューは何ですか?
答えはおすしが圧倒的。
もちろん、ひと言におすしといっても、地方によって、内容も作り方も千差万別。
家族に代々伝わる味もあるようです。
わが家も家族の誕生祝いはおすしです。
七五三のお参り、入園式、卒業式、うれしい日には、まず、おすし。


今、私が作るおすしは、母ゆずりの味をシンプルに変えていったもの。
ここでお目にかけたのは、ふきにたけのこ、えびにさよりの春バージョン。
夏のちらしずしだっていいものです。
みょうが、しょうが、青じそをきかせて、薄切りの塩もみきゅうりをすし飯に混ぜて、酢じめのあじをトッピング。
おすしって、ご飯をベースに野菜もたんぱく質系の卵や魚もたっぷり使うので、一皿で主食もおかずも完結。
だから、お祝いの日ばかりではありませんでした。
子どもを残して夫婦で外出なんていうとき、必ず登場したのも、五目ちらしずし。
冷めてもおいしいおすしは、火を使わずにすんで、安全、安心メニューなのです。
季節を感じるのは食べ物がいちばんと、たけのこ、栗、グリンピース、かき、きのこなどの炊き込みご飯もよく作ります。
皿数は少なくても、ご飯ものって、どこか心ぬくもりますよね。


豆腐のすばらしさは 世界が認めている

ミラノの知人に会いに、イタリアに出かけたときのことです。
縁あって、マントバの国立調理師養成高等学校を訪問しました。
ランチのお礼に、持参したロングライフ豆乳をカップに注ぎ、にがり苦汁を数滴たらして電子レンジでチン。
温かい寄せ豆腐のでき上がり。
みなさん、スプーンを持って味見。
オ〜、おいしい!と感嘆しきりでした。


校長先生はさすがに詳しく、豆腐は大豆から作る、栄養価の高い食品、日本や中国では、毎日食べるそうですよ、と知識を披露されていました。
私の生徒の、欧米からみえたミセスたちも、こぞって賞賛するのは、豆腐。
ダイエット食品としても人気です。
湯豆腐と冷ややっこが最高ですが、子どもに毎日食べてもらうには、こればかりというわけにはいきません。
あれやこれや、豆腐レシピがふえました。


あえもの上手は 料理上手


結婚するまでは、ワインとバゲットとチーズがあれば十分、というくらいフランスかぶれの生活でした。
でも、やっぱり日本人、だんだんあえものが恋しくなって、作るようになったのです。
ところがどっこい、実家で食べていた、ベテランのお手伝いさんの味とは、なぜか違う。
そこで生来の実験好きがムクムク。
ボウルの中を観察しながら作りこんでいくうちに大発見。

ごまあえ、白あえなどのかための衣はマヨネーズなみに、甘酢、木の芽酢などは、フレンチドレッシングのセパレーツなみに仕上げれば、素材になじむのです。
これでめきめき腕を上げました。
あとはアイデアしだい。
子どもたちには、ちょっと甘めの「わけぎのぬた」の人気が突出していました。
あえものは、小付け、酒の肴、酢のもの、サラダ代わりになり、献立がバラエティ豊かになります。
料理上手に見えること、うけあいです。


青菜のささっと料理が 元気の素


結婚以来、16回の転居を経験しました。
東京に住んでいるときは少しずつ外の仕事をしていたのですが、夫が地方に転勤となれば、私はたちまち失職。
でも切り替えが早いのが、私のいいところ。
じっとしていられないたち質なんです。
郷里の福岡へ移ってからは、大学の講師に職を得ました。
というわけで、働く主婦の忙しさは、十分承知。
帰宅してから、夕飯の仕度のあわただしいこと……。

でもそこは、栄養学の先生稼業。
必ず、青菜をメニューに組み込みます。
アクの少ない小松菜、ブロッコリー、アスパラ、ピーマンなどは、ビタミンA・C・Eはもちろん、鉄、カルシウム、たんぱく質の宝庫。
これさえ食べればパワー全開。
家族全員の元気の素なのです。
実は、料理がすべてでき上がり、アッ、足りない!と気づくこともありました。
そんなわけで、あっという間にできる青菜の料理なら、おまかせください。
大の得意です。


乾物使いの知恵を すたれさせたくない

切り干し大根、ひじき、高野豆腐に乾燥豆……。
乾物類は、伝統的なお惣菜に欠かせない素材。
食物繊維たっぷりで、丈夫な歯とあごを育てるにはぴったりです。
仕事をもつ私にとっては、日もちがするおかずとして、また、冷凍保存すれば電子レンジでチンと温めるだけ、というのも魅力的でした。
子どもたちが小さいときは、乾物がおいしいなど言うはずもないのですが、そこはおとなのためと割り切って作ってきました。
お腹がすいているとき、切り干し大根やひじきでもほんのちょこっとでも食べてくれればしめたもの。
小学生になるころには、けっこう食べるようになって、毎日の便ウォッチングに、おおいに貢献しました。


夫は母を早くに亡くし、祖母に育てられた人です。
結婚した私は、姑さんではなくて、そのおばあさんから故郷の味を伝授されてきたのです。
超クラシック?と思いきや、規定の枠にとらわれず、切り干し大根はざっと洗っただけで、もどさずにいきなり煮始める。
おつゆの中に甘みがじっくり溶け出して、想像を越えた絶品。
私のレシピもこの方法になりました。
応用で、切り干し大根で里いもを煮たら、お砂糖いらずの品のよい味に。
アメリカの料理本では、乾燥豆はどれも熱湯でもどしています。
あちらのおばあさんの知恵でしょうか。
これを知って以来、一晩かけて水もどしすることはやめました。
今は亡き土井勝先生が、黒豆を調味料入り熱湯でもどして炊き始める方法を発表なさったときは、心酔して、寝ても覚めても土井先生流。
30年以上も作り続け、作り方はどんどん簡素になっていきましたが、でき上がった味は昔と変わりません。